矢野顕子『TWILIGHT 〜the "LIVE" best of Akiko Yano〜』

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90年代の矢野顕子、今度はライブ映像のベスト盤です。2000年リリースのDVDですが、こちらは以前にCDの方を聴いていました。96年から99年のさとがえるコンサートから選別されたもので、ベースにアンソニー・ジャクソン、ドラムにクリフ・アーモンドという布陣。演奏はとてもタイトでシャープです。

 

演奏力が抜群なので、その映像にも説得力があるし実際に演奏している姿を記録した時点で価値があると思いますが、観ていてその技術に魅せられるというよりは痛快な印象を受けました。そして、実はそこがポイントではない。その技術を超えてくるものに矢野顕子の本質があるような気がします。

 

「ひとりぼっちはやめた」という曲が収録曲の中では一番良かったんですが、高度な演奏力に基盤を支えられた上で、そこから浮き上がってくるセンチメンタルな要素がある。端的にいい曲だということもあるんですが、この演奏にこの歌を乗せてくるところが矢野顕子の強いところです。演奏の技術を超えて聴く側の感情に迫ってくる力があると思います。総体として音楽の力が優しくて強いんですね。

 

いろんな時期の映像がランダムに収められているので演奏メンバーや衣装も曲ごとに変わります。スニーカー姿の矢野顕子さんも可愛いですね。とても楽しめる映像でした。

マイルス・デイヴィス『Milestones』

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昨日古本で入手した『ハード・バップ』という本を読んでいますが、リー・モーガンが銃で撃たれて亡くなった話とか、クリフォード・ブラウンは至極健全な人だった、みたいな話が出てきて、後追いで聴いている身としては目から鱗が落ちるようでした。50年代に出てきたプレーヤー達には当然様々なドラマがあって、時代の狂騒とともに駆け抜けていったんですね。

 

久々にまたマイルスに戻って来ました。こちらは58年の録音。マイルスが初めてモードという手法を使って作曲した作品といわれていて、『Kind of Blue』に後々繋がっていく過渡期の作品となります。

 

直感的に「少し難しくなってきたな」という印象を抱いています。フランスから帰ってきてキャノンボール・アダレイをチームに加えて勢いの良い演奏をしていますが、やはりどこか楽しいだけではない、観念的な雰囲気が漂い始めているような気がします。

 

レッド・ガーランドが余り目立たないのも特徴的です。管楽器のない曲でピアノを弾きまくっている楽曲も一曲収録されてはいますが、全般的にはリズムに徹している感があって、これは時代の流れが変わっていく証拠なんだと思います。

 

ただ、最初はもう少し暗い感じなのかと思っていたので、予想外にアップテンポな曲が多いのには少しホッとしました。

ズート・シムズ『The Modern Art of Jazz Vol.1』

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ズート・シムズの56年録音作品。どうしても聴くジャンルでピアノ系が多くなってしまうので、ここ最近は意図的にホーン系を聴くようにしていますが、この作品はテナー・サックスとトロンボーンの掛け合いが中心です。

 

56年というと決して古過ぎはしないと思いますが、音がモノラルなのと、演奏の内容的にもスタイルが古い感じがするので、聴いた印象は牧歌的です。狭いクラブに仲間内が集まって演奏してくれているかのような、モコッとした印象を残す音でした。

 

おそらくはCD化に際してきちんとリマスターされていないのが原因かと思いますが、温かみはあるもののパンチが足りないように聴こえてしまうのは少し残念です。

ポール・ウィリアムス『Someday Man』

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ポール・ウィリアムスの70年リリース1stアルバム。全曲ロジャー・ニコルズの作曲、プロデュースによる作品となります。こちらも複数のラジオ番組で収録曲がかかったのが琴線に触れて手に取りました。全曲いいですね。

 

ロジャー・ニコルズは一時期ソフト・ロックの再評価で巷が盛り上がったことがあって、その後も奇跡の新作リリースなどもあって機会がある度に聴いてきました。端的にいい曲が多いんですが、演奏陣もしっかりしているのも特徴的。本作も曲がいいだけではなくて、バックの演奏の方も比較的泥臭いダウン・トゥ・アースな音で非常にいいです。

 

ポール・ウィリアムスとロジャー・ニコルズのコンビはカーペンターズの「We've Only Just Begun」や「Rainy Days And Monday」、またロジャー・ニコルズのセルフカバーでとりわけ好きな「Out In The Country」「The Drifter」なんかがレパートリーにあって本当に珠玉。従って、この作品も本当にどれもいい曲で、収録時間がわずか28分というのが勿体なく感じてしまいます。

 

昨日のジョージ・ハリスンといい、今日のポール・ウィリアムスといい、長く聴けそうな作品にまた出会うことができました。

ジョージ・ハリスン『Early Takes Volume 1』

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以前間違えてベスト盤の方を買ってしまいましたが、欲しかったのはこれ。ラジオ番組で「All Things Must Pass」のデモ・バージョンを聴いてノックアウトされました。デモやアーリー・テイクを集めた作品ですが、とてもいいアルバムです。

 

3枚組の大作『All Things Must Pass』はフィル・スペクターの壮大なアレンジが施されていますが、ここではそういった装飾がなされる前のネイキッドな音が収録されていて、非常に生々しくてライブ感がある。演奏もラフでありながらもとても肉感的で素晴らしい。「こうもあり得た」という聴き方ができる贅沢品です。

 

例えていうなら『HOSONO HOUSE』のような、あるいはジェームス・テイラーの一連の作品のような、スタジオライブをプライベートで覗かせてもらっているかのような、とても温かくてなおかつグッとくる楽曲群となっています。30分くらいのコンパクトな構成ですが、それもまた聴きやすくていいですね。

 

 

スタン・ゲッツ&ビル・エヴァンス『Stan Getz & Bill Evans』

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64年に録音されて10年後にリリースされた作品。なるほどこれは・・。

 

先日聴いたキャノンボール・アダレイとの共演と比較すると、各々の自己主張が先に立ってしまっていて調和がない。それでも全体的に各々の演奏が競うように際立っていけばいいんですが、そういった感覚ではなくて拡散していく感じがあります。

 

しかもスタン・ゲッツビル・エヴァンスの演奏だけではなくベースやドラムの演奏も主張してしまっていて、益々調和を乱しています。ビル・エヴァンスのピアノトリオはそうはいっても各々の個性を尊重する形態な訳ですが、相対的に各々の演奏を見ながら根底では通じ合っているからこそ発露する多層性がありました。ここにはそうした核は見当たらない。

 

ということで、ご本人達も内容が気に入らずにお蔵入りしていた作品とのことですが、聴いていて不快かというと勿論そんなことはなくて、演奏はカッコいいです。ただ、素材の良さが混ざって化学変化を起こすまで至っていない、という印象でした。

ゴンチチ『PHYSICS』

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85年リリースのゴンチチ3rdアルバム。これで初期ゴンチチはコンプリートになったと思います。いくつかの楽曲は89年にリリースされたベスト盤のひとつ『Spirit of Gontiti』で聴いたことのある曲でした。

 

初期の音源にお馴染みの電子音をバックにギターの演奏が奏でられています。サイズの松浦雅也やチャクラの板倉文といった名前がクレジットされていて、以前も書いたようにバックは豪華な布陣なんですが、本質はおそらくここにはない。やはり主役はギターです。

 

この作品には2曲ほどボーカルを自らとった楽曲も収録されていますが、この辺りはまだ方向性を模索している節があります。しかしやはり説得力があるのは「ドイツ銀行」や「このうえない困りもの」といった楽曲での迫力のあるゴンザレス三上のギター。ここでの演奏がやっぱり中心で、その後もギターの演奏自体にクローズアップした方向性に舵を切って行ったのは正解だったと思います。

 

試行錯誤の上にたどり着いた独自性はこのユニットを孤高のものとしました。だからきっと活動が長く続いているんでしょう。ギターの音だけで別世界に聴くものを誘うという、シンプルながら不思議な音楽です。