SNOWBOUND

#未発表文。執筆年は1995年頃と思われます。

 AORというジャンルがどういうものかはよく知らないが、その代表格としてスティーリー・ダンが語られることは多い。

 かつてスティーリー・ダンの再結成コンサートが行われた時、客層は次の2タイプに分かれたそうだ。1つは上品そうなカップル、もう1つはいかにも音楽通といった身なりの汚い人達。どちらのタイプも真っ平御免だが、この客層がスティーリー・ダンを語る上でキーポイントとなるようには思う。

 スティーリー・ダンとは、ドナルド・フェイゲンウォルター・ベッカーの2人によるユニットといってしまって構わないだろう。ヴォーカルのドナルド・フェイゲンは、解散後「ナイトフライ」「カマキリアド」という2枚のソロを出しているが、その2枚目の方が一昨年リリースされた時は結構売れていたように記憶している。ドナルド・フェイゲンの声は決して心地良くはない粘着質なものだ。とても爽やかさを感じる声とはいえないが、それでもシャレた感覚で捉えられるのは何故だろう。恐らくは、そのメロディの複雑かつしなやかな感触によるところが大きいと思われる。加えて言うならば、完璧な演奏陣の織り成す軽やかさとグルーヴだろう。そしてジャズに傾倒した2人の作る複雑なメロディと玄人受けしそうなバックミュージシャン、この2点が同時にオタク系の人にうけているのかもしれない。

 スティーリー・ダンは解散している。私自身、遅れてきたリスナーだが、最初に触れた曲は「リキの電話番号」だった。「彩」「ガウチョ」といったアルバムを聴いたのは随分後になってからである。どうもその「AOR」というやつが引っかかっていたのだが、実際聴いてみると「エイジャ」のドラムと「バビロン・シスターズ」の緊迫感には驚いた。今や当たり前となった2人組という最小編成のバンド(ユニット)という形態の先駆けといって差し支えないが、ミュージシャンのコントロールの仕方には、その独裁ぶりが垣間見え、大変心地良い。

 凝っていながら実際聞こえてくる音楽はキャッチーなものだ。自然であるという点で、リトルフィートとの共通性はあるように思える。スティーリー・ダンの後期とドナルド・フェイゲンのソロでは、その自然さがピークの状態を維持している。その雰囲気が先のカップルに受け入れられているのだとすれば、それ自体非常に健全な聴かれ方だし、良質な音楽が広まっていく契機となるだろう。様々な意味で小室哲也と対極をなす音楽だと言い切れる。「SNOWBOUND」はいい曲だ。