『ドンファンのじゃじゃ馬娘』

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出会いが強烈だった。過去何回か書いているが、坂本龍一サウンドストリートデヴィッド・シルヴィアンがゲストで出演した際に、最近はこれを聴いているということでかかったのが『トーク・トゥ・ミー』だった。あれはジャパン解散後に1stソロを出す直前だったか。ということは84年くらいになる。とにかく刺激的だったし、それまで自分の耳には届いてこなかった音だったので、非常に衝撃を受けたのを覚えている。その後、貸しレコード屋かなんかで借りてこのアルバムを手に取る訳だ。それにしてもジャコ・パストリアスのベースと相俟って、何ともカッコいい曲に仕上がっている。これがジョニ・ミッチェルの初体験。

 

77年リリースの9作目で元々は2枚組。とはいえ収録時間は1時間弱くらいなので左程大作という訳ではない。実際、収録されている曲も長尺のものがあるとはいえ交響曲みたいになっていたりしてあまり重く響いてこないのでそう感じるのかもしれない。

次作の『ミンガス』に顕著な構築され切った完成度を想うにつけ、スティーリー・ダンとの共通点を想起せずにはおけない。次作が一分の隙もない『ガウチョ』的なものだとすれば、本作はまだ温かみの残る『彩』のような感触だ。

『第十世界』で突然第三世界のパーカッションが出てくるが、その後の『ドリームランド』と合わせて『夏草の誘い』での『ジャングル・ライン』程の唐突さはない。細野晴臣の『はらいそ』でも突然ガムランが出てくるが、それと似たようなものだろう。異世界への憧れがあったんだろうな。単なるウェザー・リポートのバリエーションには終わらない多様性が確保されていてこのアルバムを奥行きの深い謎めいたものにしているのが中盤の音、という気がする。大滝詠一の音頭といい、極端なものを間に挟むのは天才の所作なのか。

突然終わって『コヨーテ』の姉妹曲のタイトル・トラックに移る。このワンパターンさがまたいいんだな。ギターのストロークに鳥肌が立つ。このパターンはある意味ジョニ・ミッチェルの発明品だろう。本当に好きだ。身を委ねると恍惚としてしまうのであまり深入りしない方がいいかもしれない。でもカッコいい曲。