ビーチ・ボーイズ『The Smile Sessions』

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「神に捧げるティーンエイジ・シンフォニー」。遂に出た『スマイル』のオリジナル盤。何と44年の歳月を経て。当然ながらここにはオリジナルのオーラが漂っている。

04年にリリースされたブライアン・ウィルソン版の『スマイル』を聴きながら昨日は過ごしたが、そこでの突き抜けた明るさとまた違った悲しみが滲み出てくる。細野晴臣ビーチ・ボーイズを聴き直していた際に語っていた悲しさがやはり何とはなしに漂っていて涙無しには聴けないが、とはいえ押し出されてくるのは煌めくような品の良さと美しさだ。

果たして66年から67年にこの作品が出て世の中は変わっていたのだろうか。幻として語られる伝説が作品を、というよりその影響を過大に増幅していることは想像に難くない。何となく暗いしね。でも複雑にモジュール化されたパーツで成り立つ交響楽のような曲群を耳にしていると、やはり何らかの大きなものを感じずにはいれない。『英雄と悪漢』はかなり変わった曲ではあるがやっぱり綺麗だし、NO.1ヒットの『グッド・ヴァイブレーション』も入っている。

代理でリリースされた『スマイリー・スマイル』を久々に聴くとかなりサイケデリックに聴こえるが、そこでの狂気はオリジナルの『スマイル』では美しいベールに包まれている。音が単純にいいのも原因かと思うが、当時決まっていなかったとされる曲の全体構成が04年のブライアン版リリース時点で整理されたことも大きいだろう。ヴァン・ダイク・パークスが思想面で大きく関わったアメリカの歴史といったテーマ性。随所に散りばめられるクラフトマンのようなSEが語りかけるものはアメリカの片田舎の日常や風景だ。こいつは大きく歴史を変えるというより日々の営みを反映した郷愁を誘う。

何となく源氏物語日本書紀みたいなものかな。歴史絵巻のような神々しさを感じる。『ペット・サウンズ』にあった美しさとはまた別の趣があってやっぱり引き込まれる。しかもこれが重くない。その後ハイラマズが継承していくバンジョーに導かれたのどかな風景がそうさせているのか。

聴いていてわくわくしてしまうのはやはりその後断片的にリリースされていった曲群、『Cabin Essence』『Surf's Up』『Wind Chimes』といった作品が全体の中にきちんと位置付けられていることだろう。全体としてひとつの作品に仕上げられているので単一の曲だけで語ることは難しいが、コーラスを基軸に奏でる音楽としてひとつの完成形を世の中に提示していることは間違いのない事実で、その後に与えた影響は未完成品の段階でありながら絶大だ。『スマイル』の亡霊を追いかけてその世界観を音や言葉で綴ってきた数多の人々に決着をつける今回のリリースは誰が何と言おうが意味があるし、決して失われない歴史だ。その後の悲しいエピソードが増幅する伝説感を抜きにしても。

でもって今回買ったのは2枚組のデラックス・エディション。作品として聴くなら1枚もので充分かとも思ったが、そこは敬意を表して。制作過程をつぶさに追う究極のボックスセットは研究家やマニアにお任せするとして、今はその美しさと苦労談に耳を傾けてみよう。