七尾旅人『billion voices』

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七尾旅人という人はデビュー間もない頃にミュージック・マガジンで見かけたコーナーで発言していた内容にずっと惹かれていました。もう10年以上前のことですが、当時90年代がどんな時代だったのか興味があった頃、「息をするのも面倒、だから座っちゃいますみたいな」といった発言に時代とその切り取る視線、またそれを体現している鋭さにとても驚いた記憶があるんですね。その発言は当時受けていたマーケティング研修の卒論にも使わせてもらいました。結果的に90年代を定義づけてくれたのは東浩紀だった訳で、その後もずっと活動を追い続けたのはそちらの方だった訳ですが。

あれから10年以上、七尾旅人にも色々なことがあったようですが、ここ最近は色々なところでその姿を目にするようになってきました。フィッシュマンズのイベントでもゲスト参加していたりして。本作は2010年にリリースされた作品で、しばらくひっかかっていたアルバムです。イメージが重そうでなかなか手が出せないでいましたが、今回手にとって聴いてみて、なるほど力作だと感じています。

とはいえ、やはり中盤のヴォイス・インプロ、そして暗く漂う独り言のような弾き語りはやっぱりちょっと辛い。これは誰かと一緒に聴くもんではなくて、あくまで一人で向き合う音楽だと思います。なかなか何度も聴く勇気が持てないですね。でもオープニングからの世界観や中盤を抜けた『どんどん季節は流れて』『Rollin' Rollin'』といったポップな楽曲にはとても救われる感じがあって、音に包まれていきます。これはアルバム全体で表現している作品ですね。最近珍しいですよ、こういうのは。

ある意味とても個人的な音楽なので、あがた森魚の『永遠の遠国』や曽我部恵一のような雰囲気も醸し出していて、貴重な作品なんだなと思います。この混沌がもう少し整理されれば素晴らしい作品を作ってくれそうな気がします。軽くなる必要はないですが、こんなに重くなくてもいい。風通しの良い楽曲に含まれる要素が充分にメッセージを送っているので、深い闇を表現しなくてもいいんじゃないかなあ。そんな風に感じました。