小坂忠『ほうろう』

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75年リリースのこの傑作アルバムは一度アナログで再発された時に初めて聴きました。とにかく驚いた。『機関車』のインパクトは物凄くて、こんな作品が世に埋もれていたのかと思った記憶があります。昨日、インターバルは2年と書きましたが、発売が75年1月なので実質1年くらいなんですね。この変貌ぶりは凄い。

『HORO2010』で歌い直したアルバムも出ていますが、それはこのボックスセット制作の際に出て来たマスターテープがきっかけだったそうです。実際、2010年バージョンのこれまた強烈な音質にも驚かされました。それに比べるとオリジナルの方は若干平坦に聴こえるきらいがあります。ボーカルについても2010年の含みのある成熟した歌い方に比べればこちらは原石のように聴こえますが、それでも説得力はある。

75年というのは細野晴臣の『トロピカル・ダンディ』が出た年なんですね。そしてシュガーベイブの『SONGS』が出た年でもある。鈴木茂の『BAND WAGON』もこの年です。そのあたりのメンバーがこぞって参加してるんだから、これは悪いはずがない。当時のティン・パン・アレイの勢いというのは凄まじいものがあったんですね。よくもまあこんな才能が集結したもんだ。一体どんなうねりがあったんでしょうか。このあたりが日本のポップスの出発点だったんでしょう。良質な作品が量産されていって後々まで影響を与えていく。現場にいた人達はさぞかし興奮していたんじゃないでしょうか。

小坂忠という人はとても不器用な人のようで、この後また細野陣営と離れて失速してしまう。ここでこれだけの作品を作って次が続かないというのは何とも勿体ない話ですが、その不安定なところも含めて人間性が滲み出ていて好感が持てます。何でもこの後のツアーで精神的に疲れ切ってしまったそうなんですが、個々人の発するオーラや熱気、その拡散や野心のようなものに嫌な空気を感じた。どんどんと成長していく展開が早過ぎてついて行けなかったそうです。確かに『トロピカル・ダンディ』や『BAND WAGON』に刻まれた音は一種の熱病のようで、そう長続きはしないエネルギーを内包している。それが『ほうろう』にもしっかりと刻まれているんですね。そこに疲れてしまうというところが憎めない。きっととても人柄のいい方なんじゃないかと思います。

でも、この作品は最高!時代の沸点を切り取った金字塔だと思います。