ムーンライダーズ『Ciao! The MOONRIDERS』

f:id:tyunne:20181026205629j:plain

ムーンライダーズは個と向き合っている。

昨年の無期限活動休止コンサートとその後のルーフトップ・ギグを収録した映像作品がリリースされました。コンサートの方はWOWOWで放送済みですが、さすがにこちらは完全バージョン。冒頭のゲリラ・ライブもかなりの時間を割いて収録されています。しかしサービス精神旺盛なおじさん達だ。嬉しいですね。本編159分、ルーフトップは57分という大作です。

観ていて二つのことを感じました。ひとつは演奏の荘厳さです。『Ciao!』は前作の『Tokyo 7』の元気なギターサウンドから更に深化してプログレ風味も漂う若干重めの演奏となっています。先日のワールド・ハピネスでビートニクスの1曲目『Dohro Niwa』に感じた荘厳さ。あの場の空気を締める感じの重い演奏が特徴的でした。特に中盤で顕著ですが、この荘厳さをもったまま活動休止に入るところがまずは渋い。

ふたつめは、やはりムーンライダーズは個人的なバンドなんだなあ、ということです。はっきり言って変な曲が多いし、多くの人がその感覚を共有できる訳ではない。ラストのパートで演奏された『マニア・マニエラ』からの楽曲であれだけの盛り上がりを見せるというのはどうにも合点がいきません。一体どこにこれだけのファンが隠れているのか。しかし、突出したヒット曲もありませんので、この感覚を共有できる人はやはり一部に限られると思います。そしてそれがすべて「個」に向いていると思うのです。

音楽を聴く時にファンはアーティストと1対1で向き合うことになります。しかし、音楽の種類によっては皆で共有する空間が生まれる場合もあるし、実際音楽が世の中に発生したのは民族音楽のような集団で楽しむものだったように思われます。それが複製が可能となって以降、個と向き合うことが可能となった。ムーンライダーズは皆で共有して楽しむような種類の音楽ではないと思います。その代わり個々のリスナーとの絆が太い。そして各リスナーは自分の美意識を持ってアーティストと対峙しているんじゃないかと思うんです。会場にいて感じたものは一体感というよりは膨大な個の集積だったんですね。そしてそれは余韻を残していく。だからいつまでも消えません。

『トンピクレンッ子』のような不思議な曲で何故あんなに盛り上がれるのか。それは社会で共有されたものではなくて個々人の思いが1対1で沢山集まってああなっていたんだと思います。そう考えると納得がいく。『ユリイカ』でムーンライダーズの特集が組まれるのも分かります。歌詞の世界が独立して成立していくのも自然な成り行きなんじゃないかな、と。

徹底的に明るいコンサートの様子はまるで卒業式のようでした。最後に皆に祝福されて去っていくメンバーの恥じらいながらも嬉しそうな姿を見てそう感じます。一転してルーフトップでは部活動のピリオドのよう。きっとファンクラブイベントは謝恩会のようだったんじゃないかな。観れなくて残念ですが。いつか音源化してくれないかな、と未来に期待をしてバンド不在の時間を過ごしていきたいと思います。