キリンジ『Ten』

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弟の堀込泰行が脱退して、先日兄弟としてのラストツアーも無事終了したキリンジの10作目。数字をあしらったタイトルは『3』『7』と来てこれで3作目ですが、今回は節目のアルバムとなります。脱退の事情もあってか、前作から4ヶ月しかインターバルがないというハード・スケジュール。それを活かしてか、あるいは物理的制約からか、非常にサラッとした出来映えの、余り余韻を残さないような感覚でこちらに別れを告げる作品になっています。感傷的にさせないところが憎いですね。

やはりラストに収録されている『あたらしい友だち』にグッと来ますね。この曲は震災へのチャリティ・ソングとして配信限定でリリースされましたが、残念ながら購入を逃してしまいました。その時のバージョンにあった非常に無垢な感じのアレンジは今でも印象に残っていて、今回リアレンジされてより高品質になっている気はするんですが、オリジナルのオーラがやはり強烈だったので、つくづく残念。でもこれは本当にいい曲です。子供をテーマにした曲では過去に『悪玉』なんかもありますが、やっぱり子供への愛情が溢れた作品はとても切なくて、身にしみます。涙腺が勝手に緩んでしまう。

『ナイーヴな人々』もシンプルですが、仕事への応援歌のように聴こえて来るので、これは多くの人を励ますのではないかと思います。中盤の『仔猫のバラッド』や『黄金の舟』は最近の堀込高樹のブリティッシュ路線といいますが、少し演劇的な感覚が出ていて「おっ」と思わせます。とはいえこうした構築感覚は初期から脈々と流れているようにも思いますが。

ラストライブは35曲の大ボリュームだったようですが、現在のツアーメンバーでのまとまりの良さとそれによるさりげなさがこの作品にはよく出ている感じがします。千ヶ崎学伊藤隆博といったメンバーは青山陽一のバンドともダブっていて、確かなクオリティを確保できている。そのメンバーもコメントで顔を出す付属のDVDはドキュメンタリー形式で関与者がキリンジを語る趣向で、つくづく愛されているバンドであることを痛感します。皆、そのクオリティに恐れ入っている。自然体に見えるこの音楽の裏側にはハイクオリティの恐怖が漂っています。このあたりがカッコいいんだよなあ。

解散ではなく、脱退という形で兄がキリンジの名前を引き継いでいくというのは、よく判断したなと思わされます。田島貴男オリジナル・ラブもそうですが、ペルソナを宿してユニットとしての活動を継続するのはなかなかできるものじゃない。イメージも継続しますし。キリンジはある意味文科系の人種を惹き付けるバンドだったと思います。これはムーンライダーズフリッパーズ・ギターのファンと被るところがあって、ある一定の確率で存在する人種の標的になっているんですね。そして、そうしたアーティストは後世まで残っていく。そんな風に思います。