矢野顕子『Love Is Here』

f:id:tyunne:20210418090759j:plain


90年代の矢野顕子を再発見する試み。少し遡って93年リリースの作品にたどり着きました。

 

90年代の矢野顕子の魅力はニューヨーク移住後のアメリ東海岸のセッション・ミュージシャンを起用したハイレベルな演奏と、『Super Folk Song』に代表されるようなピアノの弾き語りにあると思うんですが、この作品は80年代の名作群の母性が爆発している雰囲気から90年代のプロフェッショナルな作品群への移行期にある音を感じることができます。

 

2曲で坂本龍一のストリングス・アレンジが聴けますが、おそらく坂本龍一との仕事は時期的にもこれが最後じゃないかなあ。またアート・ディレクション立花ハジメが担当していて、その辺りも80年代の残り香を感じさせます。

 

80年代の母性溢れる家族の幸福感が前面に押し出された雰囲気が90年代は裏返ってミュージシャンシップに向かっていく。ここでの鍛錬は喪失感を味わった上でのフィジカルな活動で、気持ちよりも音楽そのもの、あるいは一種のスポーツのようなもので気持ちとは別の前向きさが生まれていきます。ピアノ弾き語りによる「個」への向き合い方も自らのミュージシャンシップをカバー曲の力を借りて見つめていく過程だったのではないでしょうか。

 

「You're Not Here(IN NY)」みたいな曲を聴いていると当時の辛かった気持ちが伝わってくるかのようですが、音楽の鍛錬はそうしたセンチメンタルな気持ちとは別の世界で展開していく。90年代の洗練された活動はこうした背景に裏打ちされているのではないかなあ、と改めて感じさせてくれる分岐点のような作品だと思いました。