フェネスサカモト『flumina』disc 2

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10年ごとに色々なことがあって、01年のテロから2011年の震災、そして今年はコロナで1年が終わってしまう訳ですが、2011年の場合は物理的に地面が揺れて電車に乗っていても非常に怖かったのでまだリアリティがありました。

 

加えて強烈な災害とその後の放射能という恐怖。震災直後の暗い街がもたらす時代を巻き戻すかのような不思議な感覚。これが最近も起こっているような気がします。

 

坂本龍一のソロ作品にインターバルが開くようになってから、その変化が益々現代音楽、というより音そのものへ向かっていく様を見るにつけ、「ああ、もうポップ・ミュージックというものは終わりを迎えているんだなあ」と感じていました。

 

しかし丁寧にミッシングリンクを追ってみると、浮かび上がってくるのはピアノの音。そして背景の環境ノイズ。その組み合わせがたっぷり味わえるのがこの作品で、静かなピアノの音が時折聴きたくなってターンテーブルに『BTTB』や『Playing The Piano』が乗ることは多かった。今回の作品もその仲間に入るような気がします。

 

ここに刻まれた音が内省的であるとか鏡像であるとかを考えていく前に、身を委ねることの意味を考えてみたいと思っています。その理由は時間感覚にあって、やはり自分の年齢が関係している。この連休はずっと家にいて過去のホームムービーの編集をしているんですが、平気で20年以上の時が遡ってしまって、あっという間に過ぎていく時を感じざるを得ない。

 

これが逆説的に普段の日常の静かな淡々とした時の過ごし方に重ね合わせて考えらえてしまって、何か貴重な時間のように感じられるんですね。この作品の音はそんな時間に響いてくる音だと思います。

フェネスサカモト『flumina』disc 1

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2011年の震災の時に自分が何をしていたかというと、関西の得意先の拠点でその瞬間を目撃していて、ほとんど貧乏ゆすりくらいにしか揺れなかった地震とテレビを通して見た映像の衝撃とのギャップや家族の安否確認といった記憶が蘇ってきます。

 

この作品は2011年の8月にリリースされていますが、収録曲のタイトルが「0318」から始まって全て記号化されているので、総体として浴びる音から震災後の世界を想像する内容になっています。

 

この音楽を最初に聴いたのがその年のワールドハピネスで、実際に夢の島で体験した音は暑い中に静謐な音楽をそっと置いていくようなものでした。とても印象に残りましたが、実際に作品を聴いてみると意外な程エモーショナルで、伝わってくる音にはやはり悲しみや感情が含まれている。従って印象論では語れないものがあります。

 

震災後に音楽が作れなくなってしまったアーティストは沢山いましたが、坂本龍一の場合はすぐに反応した。そして音を紡いでいった。このタフな表現者は非常時にこそその真価を発揮する。本作もその好例のような気がします。

Lamp『彼女の時計』

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2018年リリースの作品。今のところこれが最新作かな。作品ごとのインターバルが長い。寡作な人達なんですね。

 

音的には70年代から80年代に一歩時代を進めたような感じ。昨今のシティポップとしては一十三十一の『City Dive』以降エレポップに移行しつつあるので流れとしてはありかもしれませんが、前作の音像が強烈だったのでここでの音には若干の落ち着きを感じてしまいます。

 

思えばキリンジも『DODECAGON』以降エレポップに移行したし、最近の冨田ラボも最新型の音を追求している。この変化が様々なところで起きていて、ある意味同時多発的なんですが、Lampも例外ではなかった、ということですかね。

 

なんて思って聴いていたら後半は少し違って聴こえてきました。裏ジャケットの表記にSide A、Side Bとあるので意図的に展開を変えているのかな、と思っていましたが、オーガニックでノスタルジックな雰囲気が後半で彩られていくような感覚があります。

 

収録時間も36分くらいとコンパクト。個々の楽曲はひとつひとつが短編映画のようで、それぞれに浪漫がパッケージされています。

Lamp『ゆめ』

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2014年の作品。これは傑作だな。

 

YouTubeで聴いていた際にも一番耳に引っかかっていた作品でしたが、目眩く名曲、名アレンジの嵐にアドレナリンが出てきてしまいます。恍惚感、浮遊感、こうした作品にはなかなか出会えない。

 

ブラスとストリングスのアレンジで北園みなみのクレジットも発見。ここで交差していたんだな。感覚的に印象が似ているように感じていたので、この発見は嬉しい驚きでした。やはり目指す質感が同じ人たちは集まっていくんだなあ。

 

「空はグレー」でのアコギの音の鳴り止まない響きや「渚アラモード」での動き回るベースラインなど指摘すればキリがないですが、何よりグッとくる曲が畳み掛けてきて止まらないままラストまで駆け抜ける感じがたまりません。捨て曲なし系の名作の香りがプンプンしますね。

Lamp『東京ユウトピア通信』

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続いて2011年リリースの作品ですが、こちらは音が明るい印象を受けました。ラテンのリズムも登場していたりしていて、突き抜けた感じが音に表れています。

 

発売時期を見ると震災前ですので、もしかしたらその辺りも影響があるのかもしれません。少し楽天的な感じがしますね。震災後だったらこんなに明るくできなかったんじゃないかなあ。

 

このバンドは女性ボーカルをメンバーに抱えていることが曲の構成上のバリエーションを増すのに役立っていて、ボーカルが次々に変わる構成がとても色鮮やかに耳に響いてくる効果を出しています。時に楽器のような高音とウィスパーボイスで耳に囁かれると、聴いている側は1ミリ体が浮いてしまうような。

 

音の質感にあった渋さが一旦飛んだ感触があるので、震災後にどういった展開があったのか、少し興味がわきました。この辺りの変化を楽しめるのは固め聴きの特権ですね。

Lamp『八月の詩情』

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Lampの固め聴きにいきたいと思います。こちらは2010年にリリースされたミニアルバム。先日聴いた『木洩陽通りにて』から5年経っているわけですが、益々良くなっている感じがしますね。

 

とにかく自分のやりたいことをクオリティを突き詰めて淡々とやる。職人というのは何でもそうですが、余り周囲の動きとは関係ない。関係ないというと言い過ぎですが、アンテナは張りつつ無駄なものは無視して、とにかくいいものを生み出すために熱中していく。その静かな熱狂は必ず届くところには届くし、残るところには残るんです。

 

聴いていてとても励まされる高質な音楽ですね。これをずっと続けているのか。凄いなあ。練り上げられた音楽は軽さがなくてオリジナリティが担保されている。いい曲を書きたい、という希求のようなものも感じます。

 

「八月」ということでビーチ・ボーイズ的な美しさも音作りからは伝わってきますね。

クリフォード・ブラウン&マックス・ローチ『Brown And Roach Incorporated』

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54年録音の作品。先日聴いたビル・エヴァンスの相棒スコット・ラファロが自動車事故で亡くなってしまったのと同様、クリフォード・ブラウンも同じく自動車事故で亡くなってしまって、マックス・ローチビル・エヴァンス同様、しばらく演奏する気になれなかったそうです。

 

ジャズにはこうしたエピソードが多いですが、事故だけでなく病気やドラッグで亡くなってしまう人もいて、とても不安定な職業なんだなあと実感します。

 

この相棒同士で録音した音源はどれも名作とのことですが、マックス・ローチのドラムが前面に出てくる瞬間も結構あって、そういった意味ではこれまで聴いた中では珍しいタイプの音楽かもしれません。ドラムばっかり目立ってしまうとベースがブリブリいっているタイプの作品と同様、若干の飽きがきてしまうんですが、ここはトランペットと双頭なのでそういった風にはなっていません。緊張感があって良いですね。

 

録音が古めだからか、少し音がモコモコした感じがありますが、54年ってそもそも何年前なんだ、という感じですからここは致し方ない。50歳を超えると50年や100年という期間が妙に身近に感じてきてしまって、100年前とか200年前って大した年月ではないよね、という話をしてしまうことが多くなります。時間感覚がダイナミックな認識になっていくんですね。歳をとるというのも面白いものです。