XTC『The Big Express / The Surround Sound Series』disc 1


XTCの84年リリースの7作目がいつものスティーヴン・ウィルソンのサラウンド・ミックスで再発されました。次は『Apple Venus』だと思っていたので意外な順番でしたが、全盛期の80年代作品が蘇るのは本当に嬉しい。とても贅沢な時間を頂いているような気がします。

 

例によってサラウンドのシステムを保有していないので、そちらのミックスは老後の楽しみに取っておくとして、まずはステレオのニュー・ミックスを楽しみました。

 

この『The Big Express』という作品はとにかく音が大きい、という印象が強くて、オリジナルで聴いていた頃は耳が痛い程の音圧にやられっ放しでした。今回は流石にバランスのとれたミックスになっていて、音圧も丁度いい具合です。

 

前作の『Mummer』がアコースティックな作品だったので、まるでその反動のようにかなり重厚なエレクトリックな作品に仕上がっているんですが、この音を塗り込み過ぎな感じが批判されることもあって、次作のトッド・ラングレンのプロデュース作『Skylarking』ではかなり隙間を意識した音作りがなされました。ただ、本作の作り込み批判についてはアンディ・パートリッジもかなり反論していたと思います。

 

とはいえ、曲によってはやはり結構きつい音もあって、「Reign of Blows」なんかはその典型だったんですが、今回は非常にいい具合に聴こえてきます。例によってニュー・ミックスによって新しく聴こえて来る音があったりしますし、クロスフェードもありませんので、新たな作品として味わうことも可能になっています。今回は左程違和感はなかったかな。「Shake You Donkey Up」のラストのパートで初めて聴くアンディの声があったりします。この辺は楽しい。

 

本作で一番好きなのは「I Bought Myself A Liarbird」なんですが、ここはオリジナルに忠実でした。ボーナストラックの「Red Brick Dream」も昔から大好きなんですが、ここも雰囲気は変わらず。結構異常な曲の「Blue Overall」なんかは聴きやすくなっていますが、なくなっちゃった音もあるかな。などと楽しめる作品です。

 

この作品の後にサイケデリックの変名バンド、Dukes of Stratosphearとして85年、87年に2枚のアルバムがリリースされます。その間の86年にトッド・ラングレンのプロデュースによる『Skylarking』が挟まっているという豪華な時期。そこに至る前の序章的な作品になっている本作は、過渡期のようでいて実は濃厚かつ発見の多い作品でした。意外とジャズの要素が多く含まれているように感じます。

ロジャー・ジョセフ・マニングJr.『Radio Daze / Glamping』


ジェリーフィッシュのロジャー・マニングの新作がリリースされました。先頃、リカリッシュ・カルテットとしても作品を出していたので左程久々な感じもしませんが、ソロとしては2008年以降15年ぶり、ということになります。

 

実はこの作品はCDで入手したいと思っていたんですが、予約していた商品が急に値上げされたり、予約終了になってしまったりと、流通が安定しない。そもそも新作をCDで購入しようとするリスナーが今は圧倒的に少数派ですし、日本盤ならまだしもましてや輸入盤ともなるとCDというメディアは益々マイナーになりつつあります。最近ではむしろアナログでの商品化の方がビジネスになる。といった理由で入手しづらくなっているのでは?というのは邪推かもしれませんが、そんな風に感じてしまう昨今です。ということで、こちらは配信で聴いている次第。

 

肝心の内容の方は純粋な新曲は冒頭の4曲で、残りは2020年にリリースされたEP『Glamping』の再録、プラスライブやインストなどのボーナストラック、という構成で、若干の雑多感がある内容です。ジャケットもコストがかかっていない感じなので、ちょっと作品としては苦しい環境が見てとれますが、内容はいつも通りポップで安定感抜群。ロジャー・マニングは最近益々ジェフ・リンみたいになってきたように感じます。

 

これ、長続きするかな、とちょっと心配になるリリース状況ですが、こうしたミュージシャンが新作を発表していること自体に感謝しなければいけない、と常々感じながら聴いているところです。

ヒーリング・ポプリ『Blanket of Calm』


ヒーリング・ポプリというカリフォルニアのインディ・グループの2020年リリース作品。恐らくこちらも江口寿史さんのプレイリストで知った作品だと思います。

 

ラジオでオンエアされたそのプレイリストは夏がテーマで、主にビーチ・ボーイズ関連の楽曲が並んでいました。先日聴いたエクスプローラーズ・クラブほどにはビーチ・ボーイズ寄りではないにせよ、そういった系統の音は鳴っています。

 

やはりハイラマズに近いかな。マック・デマルコよりは明るい感じ。基本的に楽曲は爽やかです。とても聴きやすい。こういった音楽がひっそりとリリースされていて、それを気軽に聴くことができるのはやはり配信のお陰だなあ、としみじみ感じています。

デューク・ジョーダン『The Great Session』


デューク・ジョーダンの78年録音作品。こちらも以前にウォント・リストに入れておいたものを配信で聴いています。

 

例によってどの曲が耳に引っかかったのかを覚えていませんが、1曲目の「All The Things You Are」からしてリラックスしていいですね。3曲目の「Satin Doll」はレッド・ガーランドの演奏で耳にしていた楽曲でしたが、比較するとデューク・ジョーダンの方が和音が多い気がします。よりクラシカルな印象を持ちました。

 

ドラムがフィリー・ジョー・ジョーンズなので、結構勢いのある演奏が飛び出すのかと思いましたが、さほどでもない。むしろ落ち着いていていい塩梅です。もうこの頃は年配だったのかな。

 

デューク・ジョーダンも聴いていて外れがないですが、やはり自分の場合はピアノの音に引っかかるんだなあ、と改めて感じているところです。

KIRINJI『Steppin' Out』


KIRINJIの新作もリリースされました。これはなかなかの充実作です。

 

何よりポジティブなのがいい。コロナが明けつつあるこの時期に、前向きに外へ発信するエネルギーのようなものが感じられます。タイトルは元々は『素敵な予感』にしようと思っていたそうですが、それが楽曲の前向きな感じを象徴していると思います。

 

ここ最近のKIRINJIの作風は、最新型アジアン・ポップス、みたいな雰囲気があって、若干難解な雰囲気も漂っていたんですが、この新作ではその傾向を踏まえつつも、従来持っていた70年代の音楽傾向が戻ってきていて、非常にいいバランスの音楽に昇華しています。

 

ギルバート・オサリバンの名前があがったり、スティーリー・ダン的な複雑なインストが入っていたり、曲によっては兄弟時代の作風を彷彿とさせたり。でもあくまで振る舞いは現代風、という絶妙な作風。ポップスとしての明るさ、説得力もあって、非常に外向きな作品です。いい進化の仕方をまたもや成し遂げた感じがします。繰り返し聴きたいと思わせる複雑さを内包しているのもいいですね。

テイ・トウワ『ZOUNDTRACKS』


テイ・トウワの2枚同時リリースの新作。もう一方はインストの作品でした。

 

感触的には細野晴臣のCM集、『コインシデンタル・ミュージック』に似ていて、素材としての小品が集まった作品のように感じます。YMO散開後に細野晴臣は2つのレーベルを立ち上げましたが、ひとつがノン・スタンダード、もうひとつがモナド・レーベルでした。『コインシデンタル・ミュージック』はモナドから出ていますが、どちらかというと本作もそちらに近い。

 

『TOUCH』が様々なゲストを招いた表のアルバムだとすると、こちらは一人で作り上げた裏の作品。太陽と月、躁と鬱、色々と言い方はありますが、コロナがずっと続いていたら恐らくこうした一人で創る作品だけが量産されていった可能性があります。そうなった場合は、かなり謎めいた印象を与えたことでしょう。

 

実はこちらのインスト作品がテイ・トウワの本質で、同時にリリースされた『TOUCH』は社会に向けた表向きの顔、と捉えることもできます。どちらにせよ、2つでひとつ。ノン・スタンダードとモナドのようにコインの裏表として一体になっている作品だと言えそうです。従って、どちらかひとつでは成立しない、ということになります。

テイ・トウワ『TOUCH』


テイ・トウワの新作がリリースされました。しかも2枚同時リリース。ここへ来てこの制作意欲は凄いなあ、と思いましたが、聴いてみるとこれが非常に音が重かった。とても重厚な作品です。

 

METAFIVEのラスト・アルバム『METAATEM』でのテイ・トウワの作品は非常にポップで軽快なイメージの楽曲でしたので、この新作でもそうした展開を予想していました。しかし、そうはなっていなかった。相変わらずゲストは多彩で毎回楽しいんですが、音が非常にシリアスです。

 

聴きながら考えていたんですが、この感触はYMO散開後の坂本龍一の『未来派野郎』や細野晴臣の組んだユニットFOEに近い。あの頃の二人の音に漂う重厚なイメージが、本作にも感じられます。

 

これはYMOとMETAFIVEがそれぞれ収束した後に起こしたアクションとして、過剰なまでに積極的な攻める姿勢が前面化した結果の現象ではないかと考えます。最初聴いた時にはびっくりするんですが、時間が経って振り返ると実は本質的なものが根底に流れている。この作品もそんな位置付けになっていくような気がしました。

 

高橋幸宏のボーカルをフィーチャーした「RADIO」も再録されていますが、ビートがきつい。この辺りが単なるセンチメンタリズムではない姿勢を物語っていると思います。