高橋幸宏『A Sigh of Ghost』


97年リリース作品。ここからはっきりとドラムンベースの影響が音に出ています。ある意味音の質感は80年代に戻ったかのようです。

 

実はEMIイヤーズというのは大人のポップス路線で行ったのは前半だけで、途中からは電子音楽への復活劇が描かれている。というよりも、日本のポップスとして汎用性の高い音楽を目指したアプローチは高橋幸宏のソロ活動としては初期から一貫していて、ただ単に音の装飾が時代に合わせて変わってきただけだ、と考えることもできそうです。

 

従って、時代の要請で電子音楽が求められればそのように対応するし、そうでなければ生音中心の音楽になる。高橋幸宏の音楽はすこぶる相対的なものなんだといえるのではないでしょうか。

 

時代の空気がはっきりと変わった21世紀以降はYMOの再解釈に自らの活動を埋めていくことになるので、90年代はその前哨戦と捉えることもできます。ただし、その変化の兆しや確立したポップスとしての王道路線は体幹のように音楽の中心を構成することに一役買っている。そんな風に感じました。

 

加えてEMIイヤーズがビートニクスの2ndと3rdの間に挟まれているというのも重要な論点ですが、それはまた来月考えることにしたいと思います。

高橋幸宏『Portrait with No Name』


坂本龍一の一周忌でメディアでは様々な特集がなされていますが、高橋幸宏の方は左程のイベントはありませんでした。ただ、このEMIイヤーズのリマスター再発が本当に良い出来栄えなのと、改めて聴き返してみて良い作品ばかりなので、とても嬉しいひと時を過ごせています。

 

96年のこのアルバムは発売時にはほとんど意識していなかった。一時期ひと通りの作品群を聴き返した際に、この作品へのモチベーションはトリビュート盤での高野寛の提供曲「流れ星ひとつ」が非常に良い曲だったことが唯一の出来事でした。

 

もちろんその曲はいい曲なんですが、それ以外にも「終わらない旅」「FIELD GLASS」「足ながおじさんになれずに」といった良作が目白押しで、このアルバムは非常にいい作品となっています。前作の『Fate of Gold』もとてもよかったんですが、この作品も負けず劣らずいい。

 

加えて、ここから既に電子音への回帰が始まっているように思えます。高橋幸宏の音楽に再びリアルタイムで向き合うようになったのはスケッチ・ショウを経た2006年の『Blue Moon Blue』からでしたが、実は心痛3部作もとても良い作品でしたし、93年のYMO再生を経た作品群も一拍置いて電子音楽に戻りつつあった。それがエレクトロニカという手法で爆発する寸前のこれらの作品で表現されていたという事実にやっと気付かされました。

 

背景にエヴリシング・バット・ザ・ガールドラムンベースに歌ものとして取り組んだことも大きいようで、その影響は次作の『A Sigh of Ghost』以降でより顕著になっていきます。

シャイ・ライツ『(For God's Sake) Give More Power To The People』


シャイ・ライツの71年リリース3rd。ここでは「Have You Seen Her」が入っていることが重要です。

 

「パパパッ」とコーラスが入るところが可愛い曲ですが、何となく聴いたことがあるメロディなので、それだけで普遍性を持っていることが分かります。シャイ・ライツはこれでブレイクしていった訳ですね。

 

71年リリースということもあってか、音が若干古い気がします。60年代の音が鳴っている。リマスターの問題なのかとも思いましたが、やはり同時代のマーヴィン・ゲイアイズレー・ブラザーズなんかと比較すると、かけているコストが違うんだと思います。予算次第で洗練度が左右される。それは録音機材の進化が激しい時代だからこその現象とも言えるでしょう。

 

いい曲が沢山入っているので、やはり今後は王道のスタイリスティックスやデルフォニックスをきちんと聴いていかないといけないなあ、と思った次第です。

マーヴィン・ゲイ『Live at The London Palladium』


マーヴィン・ゲイの77年ライブ盤。『I Want You』リリース後のライブですが絶好調ですね。マーヴィン・ゲイはライブがあまり好きではなかったそうですが、それでもステージに上がればパフォーマーとしてベストを尽くす。非常に立派です。

 

なんと言ってもメドレーが楽しい。60年代と70年代に分けてメドレーで沢山の曲を歌っていますが、60年代のものも当時のグルーヴにアップデートしていて非常に洗練されている。これは聴いている方は堪らないですね。

 

不幸な最期を迎えてしまう方ですが、浮き沈みのあった活動の中でもギリギリの一線を越えずにパフォーマンスを行った記録がこうして残されている。70年代は過酷な時代だったと思いますが、それでも歌は歌い続けた。それがこうして半世紀の時を経ても楽しめるのだから、こんなに贅沢なことはありません。

 

ラストのディスコ楽曲が意表をついてヒットしたことから、このアルバムも当時とても売り上げが良かったそうです。そうした事故的なエピソードも含めて今では愛すべき作品になっていると思います。

ザ・バード・アンド・ザ・ビー『Recreational Love』


ローウェル・ジョージの娘、イナラ・ジョージとグレッグ・カースティンによるユニット、ザ・バード・アンド・ザ・ビーの2015年リリース4作目。このユニットの作品はホール&オーツのカバー・アルバム以降、耳が遠のいていましたが、配信限定の作品も良かったし、そろそろ聴き返そうと思っていたところでした。

 

男女二人組のポップ・ユニット、という意味ではスチュアート&ガスキンやユーリズミックスを彷彿とさせますが、ここでのエレポップぶりはまるで後期のギャングウェイのようです。ホール&オーツのカバーを挟んで少し音がソウルフルになったように感じますね。プリンスみたいな曲もあるし。

 

淡々としていてかつ大衆的。不思議な立ち位置ですが、足跡は良質だと思います。浮遊感と多幸感に溢れている。ちょっと過去作品も聴き返してみようかな、と思わせるアルバムでした。

トーマス・ウォルッシュ『The Rest Is History』


XTCの弟子筋にあたるパグウォッシュというバンドのリーダー、トーマス・ウォルッシュの1stソロ作品。ひっそりと昨年2023年の末にリリースされていたようで、恥ずかしながら知りませんでした。パグウォッシュは自然消滅したかと思っていたのでこれは嬉しい出来事です。

 

内容は相変わらずメロウでポップ。XTCというよりジェフ・リンやポール・マッカートニーまで遡ってしまうような出来栄えですが、XTCの『スカイラーキング』に入っている大好きな曲「Earn Enough For Us」にそっくりの「All This Hurt」みたいな曲も入っていて非常に楽しい。

 

パグウォッシュはこの辺りのオマージュ具合が行き過ぎて少し詰めが甘い感じも見受けられたので、今回のスレスレな感じは良いですね。とにかくこうした人はいてくれないと困る。XTCが好きな人は皆そう感じていると思います。

アンディ・パートリッジ&クリス・ブレイド『Queen of the Planet Wow!』


アンディ・パートリッジの新作がリリースされました。クリス・ブレイドという人と一緒に制作をしているという噂は伝わってきていましたが、6曲入りのミニ・アルバムとしてのリリース。

 

タイトル曲がジャジーな印象だったのでどうかと思いましたが、1曲目の「I Like Be With You」からして非常にいい曲。今回はメロウな路線なんですね。何となくアンディ・パートリッジはバート・バカラックみたいになってきたなあ。『ノンサッチ』の頃に確立した「Wrapped in Grey」の20年代路線をよりポップにしたような感じ。

 

アンディのここ最近の活動は誰かパートナーと組んで一緒に作品を作り上げるパターンになってきていますが、そもそもXTCの時だってコリン・ムールディングと一緒に制作していた訳なので、単独では活動しにくい人なのかもしれませんね。