ビル・エヴァンス『Montreux Ⅱ』


70年にモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演した際の音源。モントルーは68年の「お城」の音源に続いてのライブ盤ですが、「お城」の方がジャック・ディジョネットの強烈なドラムに打ちのめされる作品でしたので、この2番目はどうかな、と思いながら聴きました。

 

結果、非常に良かった。ドラマーのマーティ・モレルが急成長していて非常に嬉しい、といった発言をビル・エヴァンス自身が70年のインタビューでしていますが、とてもアグレッシブでいい演奏をしていると思います。これはマーティ・モレルの時期の音源も聴いていかないといけないなあ。

 

演奏がとにかく速いのも特徴的です。「How My Heart Sings」や「Israel」といった楽曲は非常にペースを速くして演奏されていますので、過去の音源と比較しても印象が異なって聴こえます。晩年のビル・エヴァンスはどんどん演奏のペースが速くなっていったそうですが、ここでも既にスピード感が違います。

 

バカラックの「Alfie」なんて曲も演奏してくれていて、多彩な一面を見ることができますが、何より演奏のスピード感とマーティ・モレルの躍動感にやられてしまいました。これもいい作品だった。ビル・エヴァンスは外さないなあ。

高橋幸宏『薔薇色の明日』


83年にリリースされた作品。これはとても重要なアルバムです。

 

80年代前半の高橋幸宏YMOの先鋭性を伴い、かつ英国ポップスの流れとも連動したニューウェーブ路線の旗手として活躍している側面がありました。しかし根本的なところでは非常にロマンティックで、この要素が80年代後半から90年代にかけて徐々に表面化していくことになります。

 

このアルバムはその2つの要素の絶妙なバランスで成り立っていて、ある意味で高橋幸宏という人の活動を総括する象徴的な作品として、そのクオリティが頂点に達している。そんな風に思います。

 

冒頭の「Ripple」ではピエール・バルーにボーカルを委ね、ラストの「The April Fools」はバート・バカラックのカバーで幕を下ろす。ピエール・バルーバカラックでパッケージされている作品なんて他にあるでしょうか。非常にロマンティックですね。

 

加えて、「前兆」や「蜉蝣」といった日本語のポップスを、テクノ、ニューウェーブのフィルターを通して極上の音楽に昇華させている。そこには非常にわかりやすい普遍的なメロディと、今聴いても古びない先進的な音の質感が同居している。このバランス感覚は尋常ではないと思います。

 

「My Bright Tomorrow」のようなYMOと直結しているポップスを当時のファンは求めていたし、高橋幸宏もその要望に正面から答えていたと思いますが、一方で「6月の天使」のような振り切れたポップスも並列に並べてしまう。この辺りがこの作品の二面性を表しています。

 

今回のリマスターで非常にスネアの音が強いなあと感じました。ロマンティックでメロディアスな楽曲が多いにも関わらずビートは強い。ここにも二面性、バランス感覚が宿っています。リズムの切り込み方が鋭いのはやはりドラマーの作品だからでしょうか。そこを必要以上に主張しないところがいいですね。

 

とてもいい作品。今回のリマスターでまた音の奥行きが増して、聴き返す機会が増えそうなのが嬉しいですね。素晴らしい仕事だと思います。

ムーンライダーズ『It's the moooonriders』


ムーンライダーズの11年ぶりの新作がリリースされました。まずはめでたい。

 

タイトルはスカートの澤部渡の提案だそうで、『最後の晩餐』で冒頭にXTCのアンディ・パートリッジがメンバー紹介をしている音声が「It's the moooonriders!」と聴こえることから発想したものだそうです。「o」が2つ多いのはその澤部渡佐藤優介の二人が最近のライブには欠かせないサポートメンバーになっているから、という理由です。全部理由がある。

 

ということで早速聴いてみましたが、これは難解なアルバムですね。ハードルが高い。真っ先に想起したのは86年の『DON'T TRUST OVER THIRTY』でした。音が塊で迫ってくる。86年当時にその作品を初めて聴いた際の迫ってくる音塊にとてもびっくりして、一度聴いただけでは理解できなかったことを思い出します。そして何度か聴いているうちに、彼方からメロディが立ち上がってくる。そんな感覚を抱きました。ジャケットの写真も『DON'T TRUST OVER THIRTY』の裏ジャケットと酷似している。これは偶然ではないのでは。

 

ライブで事前に聴いていた「岸辺のダンス」や「駄々こね桜、覚醒」といった曲も、この作品での音は非常に構築された音になっている。まるで別の曲のように聴こえました。これは繰り返し聴かないと分からないぞ。

 

11年前の『Ciao !』にあったエスニック的な要素も見え隠れしてはいますが、あのアルバムにあった、どこか抜けの良い感じというのは本作にはありません。もっとシリアスな気がします。混沌という意味では『ムーンライダーズの夜』や『Dire Morons TRIBUNE』に例えることもできそうですが、それとも少し違います。もうちょっと作り込まれているような気がするんですね。

 

とにかくこちらに選択を迫ってくるような迫力がありますので、聴く方も覚悟が必要です。でもこれはムーンライダーズにまたリスナーが試されている。何度も聴き込むことで見えてくる風景がある。そんな深みのあるアルバムだと理解しました。

高橋幸宏『What, Me Worry ?』

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高橋幸宏のアルファ時代の再発シリーズ第2弾。82年リリースの作品となります。まだYMOが活動していた時期ですが、怒涛の81年を経て各自がソロ活動に邁進していた頃。高橋幸宏の作品はいつもわかりやすくて、手に取るのが楽しみでした。

 

この時期の作品で実は一番好きなのが12インチシングルで発売された「二人の陰に」です。今回の再発でもボーナストラックに収録されていますが、音の質感がビートニクスの1stっぽくて、いい感じに抜けが良い楽曲となっている。背後に鳴っている浮遊感のあるシンセの音も当時の雰囲気をよく出していて非常にいいですね。

 

本編の方では「Disposable Love」が傑出していると思います。

 

高橋幸宏の日本語路線は実はこの『What, Me Worry ?』あたりから始まっていて、これが90年代には楽曲の中心となっていくんですが、そう考えると、そうしたポップス路線から英国を中心とした洋楽路線に踏み出した時期というのは80年の『音楽殺人』と81年の『ニウロマンティック』の2枚くらいしかない。1stの『サラヴァ』もこの『What, Me Worry ?』も、もちろんこの後の『薔薇色の明日』も基本的にはポップスが中心となってきています。

 

しかしニューウェーブ路線とこうした甘いポップス路線が絶妙にブレンドされているのが本作収録の「Disposable Love」と前作の『ニウロマンティック』に収録されている「Drip Dry Eyes」なのではないでしょうか。ここは数少ない奇跡の瞬間だった。そんな風に思いました。

moonriders LIVE 2022

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もう一週間前となってしまいましたが、ムーンライダーズの日比谷野音コンサートに行ってきました。ここ最近のコンサートは配信で観ていましたので、実際に会場に足を運ぶのは6年ぶりくらいです。天気も上々でしたので、暑くも寒くもなく、ちょうど良い陽気でした。感染対策で席も一つずつ空けて座る形。ゆったりと楽しむことができました。

 

ここ最近のムーンライダーズのセットリストは非常にツボをついたセンスの良いものが多くて毎回意外性があって楽しいんですが、今回も驚くような楽曲を沢山演奏してくれました。そんな中でも一番グッと来たのは「Flags」です。

 

鈴木博文さんの曲ですが、比較的後期作品でジワジワと盛り上がっていく隠れた名曲。そこに今回は観客の掲げる様々な旗が会場を埋め尽くしていて、何とも言えない感動的な光景を醸し出していました。これは会場との一体感も含めて非常に素晴らしかった。盛り上がりはその後の「スカーレットの誓い」で最高潮を迎えましたが、そのピークを導いたのは間違いなくこの曲でした。

 

比較的初期の楽曲を多く演奏した印象が残りましたが、中でも出色なのはやはり「月夜のドライヴ」です。はちみつぱい楽曲ではありますが、何度かムーンライダーズで再演されているキーとなる楽曲です。観客は皆、上空の月を見上げている。演奏を聴いていてとても幸せな気持ちになる瞬間でした。

 

80年代の楽曲の中で意外性が高かったのは「檸檬の季節」と「BLDG」でしたが、特に「BLDG」の方はビルに囲まれている日比谷野音の状況と相俟ってとても印象的でした。リズムがゆったりとしていて、かつ電子音で刻まれているので、ライブで聴けること自体が貴重。そしてオリジナルでは何度も音を重ねて録音されているラストのパートを生演奏で聴いていると、このまま永遠に続いても良いのではないかと思わせる覚醒感がありました。

 

今回は11年ぶりに新作が出るという驚異的なタイミングでのコンサートでしたが、新作から演奏された中では白井良明さんの「駄々こね桜、覚醒」が素晴らしかった。白井さんのポップな感覚は全く衰えていない。ここへ来てまだ高揚感のある楽曲を書けるのか。演奏力も含めてとても感激しました。

 

果たしてこの晩年でのピークがいつまで続くのか。少しでも長く、ご健康にお気をつけて、皆に音楽の幸せを分け続けていただければ、とてもありがたいです。

青木孝明『声』

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およそ10年ぶりに届けられた青木孝明の新作。配信で聴きました。

 

一部を除いてドラムレス、ということだったのでどんな感じかな、と思っていましたが、結構グルーヴは出ていました。ギターの音にピアノやベースの音が寄り添って進んでいくので、非常に軽快です。

 

明るめの曲がやっぱり良くて、「休まない翼」や「僕は何も惜しまない」といった曲は引き込まれます。特に後者の方は最後にサイドボーカルが入って3つの旋律が立体的に絡む展開でグッときました。やっぱりなかなかやるなあ、という感じです。

 

自身の声を直接リスナーに届けたい、という思いからこうしたシンプルな構成の楽曲に至っているそうですが、思いは届いています。とても真摯に音楽に対峙している方だと思うので、重くなり過ぎない具合で続けていって欲しいと思いますが、やはりリズムを伴うとポップになるので、次回は全編ドラムを入れた構成の音を聴いてみたいです。

ジョニ・ミッチェル『Joni Mitchell Archives, Vol.2: The Reprise Years(1968-1971)』disc 5

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ラスト。やっとここまで辿り着きました。ここでのメインは70年のジョン・ピール・セッションでのジェイムス・テイラーとの共演。全部で5曲しかありませんが、やはりコーラスワークや2本のギターの絡みはとても素敵です。

 

従来であればジョニ・ミッチェルの弾き語りでストロークやコード・カッティングで聴かせる曲もジェイムス・テイラーの弾くメロディと組み合わさるといきなり演奏が立体的になって奥行きを増してしまいます。「The Circle Game」なんかは本当にいい演奏。ずっと聴いていたいですね。遥か彼方の地平線まで見える晴れた風景のような、清々しい景色を想起させる演奏です。

 

このパートに極まっていますが、この後のジョニ・ミッチェルはよりジャズやフュージョンの方向に舵を切っていきます。そしてその時期がやっぱり活動のピークなんじゃないかと思うんですが、それまでのこうしたフォーキーな佇まいも極めて美しい。そうした姿が堪能できるアーカイヴでした。聴けて良かった。

 

最後に入っている『Blue』のセッション音源の内、「Hunter」がやたらとグルーヴィーでカッコ良かったことを付け加えておきます。