スコラ 坂本龍一 音楽の学校 電子音楽編第4回

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電子音楽編最終回は物議を醸しそうですね。議論の方向性をメタレベルに振った形で終了しました。果たしてこの方向性で良かったのか。

テーマとして「メディア」が提示され、録音技術についての方向に議論が展開されます。それそのものは非常に興味深い話でした。粗密波を記録して再生する。その間にメディアが存在する。しかしメディア論には展開せず、音場の記録に議論が展開します。オノセイゲン氏の「いい音と正確な音は違う」という話は面白く聞けました。ワークショップで実践していたように、ピアノの直接的な弦の音とスタジオの反射音を録った音を最終的にミキシングで組み合わせて、そのバランス、融合でその場の音場を再現していく。このコントロールが実は録音素材の再現の鍵を握っていたという事実。ここは結構スリリングで、エンジニアやアーティストのセンス、力量によって再現度合がどうにでもなるということです。何故にフィル・スペクタースティーヴ・リリーホワイトのような人が現れるのかがよく分かります。オノセイゲン氏はそこに正確性を求めますが、フィル・スペクターは加工を施した。その差が録音物の個性となって現れていく訳です。聴く側はそれを意識せずに体験していたことになります。

ということで非常に興味深いし語る要素も多いと思いますが、実際それを広義の電子音楽と捉えるスタンスはどうなのか。電子音楽の及ぼす影響といった意味合いでクロージングする展開は確かにないことはないと思いますが、音楽好きからするとやはりクラフトワークニューウェーヴに議論を発展させることを望んでいたのではないでしょうか。視野が狭いといえばそれまでですし、これまでの過程で録音技術の可能性が音楽の幅を広げるといった議論展開が音楽的に新たな可能性を切り開くといった言説をより分かりやすく解説している内容になっていたので一概には言えない。しかしやはり議論は飛躍し過ぎたきらいもあります。賛否両論ですね。

ということで次回からは日本の伝統音楽。果たしてどういう展開となるか、楽しみです。