ムーンライダーズ『火の玉ボーイコンサート』Disc 2

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2枚目。『頬うつ雨』や『アルファビル』も厚い音に囲まれて貫禄のある演奏が行われていて風格が漂う。

中盤はゲストの客演が続く。矢野顕子かしぶち哲郎が歌う『砂丘』を聞いているとムーンライダーズのファンでよかったなあ、等と思ってしまう。この曲は必ずイントロで拍手が沸き起こるんですね。好きな人が多いんだろう。この辺りの魅力に気付いたのが大分後になってからなので、味わっているのはもしかしたら世紀が変わってからかもしれない。その後も矢野誠南佳孝あがた森魚と続いていき、さながら30周年の野音コンサートのようだ。演奏はどれも音が厚い。

「火の玉ボーイが出てからたった3年でヴィデオ・ボーイになります」という鈴木慶一のMCが楽しい。確かにここまではライダーズの70年代は仲間たちとのある種70年代初頭、あるいははちみつぱい時代からの雰囲気を引きずったノスタルジーが続いていて(とはいえ無国籍かつ隠れた前衛が漂ってはいたが)、次のモードに入ってはいなかった。『モダーン・ミュージック』以降のライダーズはニュー・ウェーブに接近し、その後打ち立てる独自の姿勢が80年代の裏の歴史として綴られていく訳だが、自分なんかはそこから入っていったので初期ムーンライダーズの曲群にしばらく耳が慣れなかった。先日も「赤いアルバム」を聴きながら通勤したが、妙なエロティック路線はやはり違和感がある。でも『シナ海』みたいな名曲が隠れているので侮れない訳だが。

『バック・シート』『6つの来し方行く末』『大寒町』といった時空を超えた圧巻のエンディングで締めるこのコンサートはある意味で35周年を祝う壮絶なイベントで、還暦を迎えるメンバーの円還を感じざるを得ない。どこかの占い師が言っていたが60歳で人は一回りしてもう一度運勢が最初に戻る、12年周期の5サイクルということで、ライダーズのメンバーも今まさにReborn中ということなんだろう。

以前に誰かがムーンライダーズを評して「楽曲ではなく手法が残っていくバンド」といった発言をしていたが、『大寒町』を聴いていると矢野顕子あがた森魚といった多くの人達にとって大切な曲がライダーズには残されているように思う。やっぱりザ・バンドのようだな。『I Shall Be Released』みたい。残したものは偶像ではなく気配のようなものだ。それを存在感といってもいい。『毛ぼうし』の頃に岩井俊二がメンバーを見て「動いている!」と言ったそうだが、まさにそこにいるのが伝説のように感じられる、そんな存在感。でもそこから発せられる音は限りなくロマンティックで、時代と共に歩んだ肖像を不思議なノスタルジーと共に音盤に刻んでいたんだ。