XTC『Skylarking The Surround Sound Series』

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XTCの86年リリースの『Skylarking』が一連のスティーヴン・ウィルソンによるミックスで決定盤として再発されました。例によって大量のデモトラックや5.1chのミックス等を伴った集大成的なもので、CDとブルーレイディスクとの2枚組です。

この作品については買い直しが4回目くらいになるので内容については既に語るまでもないんですが、まずはスティーヴン・ウィルソンによる2016ミックスに触れざるを得ないでしょう。結構驚きのミックスになっていると思います。

顕著なのは音が隠れてしまっていることです。この作品の中でも極めて好きな「Earn Enough For Us」で過去のディスクと聴き比べてみましたが、大分様々な音を下げて隠してしまっている。5.1chミックスを聴ける環境にないので、そちらでどうなっているかは確認できないんですが、少なくともCDの方のステレオ・ミックスの方はえらく引き算がなされていてびっくりします。トッド・ラングレンのオリジナル・ミックスの方があらゆる音が前面化していて凹凸がないとも言えるんですが、やはりオリジナルで聴き慣れた耳には細部の音が隠れてしまったことに違和感を感じざるを得ない。これは聴きやすさとは別の要素だと思います。たとえリミッターを効かせたバシバシの音でも、それが原体験なのですから。今回の2016ミックスはオリジナルとは別物として楽しむべきですね。

今回ボーナストラックで追加になった4曲ですが、「Extrovert」は当時アルバム発売に先駆けて12インチシングルとして出た「Grass」のB面曲。こちらよりも「Dear God」の方が有名になってしまいましたが、アルバムにはない攻撃性が含まれた楽曲で自分は大好きでした。ちょっと『Mummer』ラスト曲の「Funk Pop a Roll」にも似た勢いを持った楽曲ですが、こちらも当時聴いたうるさい程の音圧がとれてスッキリしてしまった印象があります。まあそれによって聴こえてきた音もあったりするんですが。

注目は当時2ndシングルとしてカットされた「The Meeting Place」の12インチB面に納められていた「Let's Make A Den」「The Troubles」の正式ミックス版です。こんなものが存在していたのか、とまずは驚かされますが一体これは当時のトッドのプロデュース作品なのかどうかが資料からはよく分かりません。

しかし、とにかくこの「The Meeting Place」のB面は素晴らしくて、これに「Terrorism」「Find The Fox」を加えた4曲は当時本当によく聴きました。『Skylarking』はトッドの選曲もあって比較的XTCの作品の中では甘いメロディアスな印象を残す作品なんですが、選曲から漏れたデモトラックにはアンディ・パートリッジの生来持つ攻撃性がパッケージされていて、その勢いにやられてしまいます。勿論今回ブルーレイディスクの方に一連のデモトラックが収録されていますが、やはりこれもデモバージョンのラフで攻撃的なアレンジの方が魅力的に感じます。「Terrorism」の強烈なギターカッティング、「Let's Make A Den」のめまぐるしく変わる旋律とコーラスワークの奇跡的な絡み合い、「The Troubles」の「It's Nearly Africa」にも似た土着的かつセンス爆発のほぼ完璧なアレンジ、と魅力に事欠かない楽曲群なんですが、今回正式ミックスとして届いた「Let's Make A Den」と「The Troubles」ではそれらの混沌が大分整理されてしまっています。これはこれで良さもあるし新鮮なんですが、原曲にあった爆発的なセンスが失われているのは否めません。こちらも両方楽しむべきでしょう。

『Skylarking』というアルバムはプロデューサーのトッド・ラングレンXTCリーダーのアンディ・パートリッジの意見の衝突の結果、トッドの甘いメロディアスな仕掛けが前面に出た作品となっている訳なんですが、実はその裏にはアンディの実に攻撃的でセンスに溢れた当時の楽曲の魅力が封印されていて蠢いている、その背景の上で成り立っている作品なんだなあ、と今回改めて認識しました。いずれにせよ発売から30年経ってもまだ楽しませてくれるなんて、何と贅沢な作品であることか。